東京地方裁判所 昭和35年(モ)3761号 判決 1960年8月03日
事実
債権者日栄鋼材株式会社は、債務者大和商事株式会社が債権者宛振り出した額面合計金五十三万円の約束手形四通の所持人であるが、これらを各満期日に、各支払場所に呈示したところ、何れもその支払を拒絶された。従つて、債権者は、債務者に対し、右金五十三万円の約束手形金請求債権を有するところ、債務者は、営業不振のため銀行取引停止処分を受けている現状であつて、何時財産を売却隠匿するかも知れず、債権者が、右約束手形金請求訴訟で勝訴しても、強制執行が不能となる虞があるため、本件有体動産の仮差押の申請に及んだ次第であると主張し、さらに債務者主張の事実については、東京都大田区東六郷二丁目六番地に本店を有する大和商事株式会社という商号の会社(以下訴外大和商事という)が存在することは認めるが、右訴外大和商事は、債務者(本店所在地は墨田区緑町三丁目二〇番地)の大田区出張所として経営されていたものであり、債務者は、債権者から買い受けた鋼材の代金の支払のために訴外大和商事の所在地を肩書地として本件約束手形を振り出したものであるから、債務者はその支払に任ずべきである。仮りにそうでないとしても、債務者は、訴外大和商事に対し、債務者の支店名を冠したり、債務者と同一経営であると第三者に信じさせることを許容させていたものであるから、何れにしても債務者は本件約束手形金の支払をなすべきである、と主張した。
債務者大和商事株式会社は債権者主張の事実を否認し、本件約束手形四通は、債務者と全然別個の会社である昭和三十三年六月五日設立登記された訴外大和商事が振り出したものであるから、債務者は、債権者に対し、本件約束手形上の債務を負ういわれがない、と争つた。
理由
先ず本件約束手形が、債務者において振り出したものであるかどうかについて判断をするのに、訴外大和商事が存在することについては当事者間に争いがなく、この事実に、証拠を併せ考えると、債務者は、本店を東京都墨田区緑町三丁目二〇番地に置き、大和鋼材株式会社の商号で昭和二十八年三月四日設立登記されたが、昭和二十九年十二月十日、大和商事株式会社と商号を変更し、その代表取締役は平井義一郎であること、訴外大和商事は、本店を同都大田区東六郷二丁目六番地に置き、右同様大和商事株式会社の商号で、昭和三十三年六月五日設立登記され、同日より同年十一月九日まで右平井義一郎が代表取締役に就任し、その後西沢禎一が代表取締役となり、同月二十七日附でその旨の登記がなされていること、本件約束手形の振出人欄には、「東京都大田区東六郷二丁目六番地大和商事株式会社代表取締役平井義一郎」と記名され、且つ代表者印が押印されており、各振出当時訴外大和商事の代表取締役には、右平井義一郎が在任していて同人がその資格で右記名と押印をしたことが一応認められる。
しかして、手形行為の内容は、もつぱら書面上の記載によつて決められ、且つ、振出人または裏書人としての株式会社の同一性は、その名称(商号)及び代表者名とこれに付記した住所を綜合して特定されると解するのが相当であるから、右疎明された各事実に徴すると、本件約束手形は、債務者が振り出したものではなく、訴外大和商事において振り出したものといわなければならない。
なお、債権者は、訴外大和商事は、債務者の大田区出張所として設置されたもので、債務者は、債権者から買い受けた鋼材の代金の支払のために訴外大和商事の所在地を肩書地として本件約束手形を振り出したものであり、そうでなくとも、債務者は、訴外大和商事に対し、債務者の支店名を冠したりして債務者と同一経営にあることを第三者に信じこませることを許容していたから、本件約束手形の支払義務がある旨主張するが、証拠によると、債務者には登記された支店または営業所がないことが窺われ、且つ、本件約束手形面上に、訴外大和商事が債務者の出張所もしくは支店である旨の記載が認められない以上、債務者が、訴外大和商事の住所を肩書地とし、これを自己の営業所として本件約束手形を振り出したものということができず、また、商法第二十三条の規定に基く請求としては、その主張及び立証が充分でないので、かかる主張は採用できない。
従つて、本件仮差押決定は、債権者に、その前提となる債務者に対する約束手形金請求権が存在しないことが明らかであり、保証で疎明に代えるのも相当でないとして、右仮差押決定を取り消しその申請を却下する旨判決した。